SNSが無かったら、どうなってたんだろう?

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Twitter日本語版が2008年4月にリリースされた。内容については、先行する米国版のレビューで知ってたので、早速、その日から利用開始!。なにしろ「Tweet=呟く」というのが僕の琴線に触れた。僕は、物心ついた頃から群れない性分、親しい友達や仲間が出来ない。3名集まれば1対2、10名集まれば1対9といった具合で、自分が望んだわけじゃないけど、今でも同様。しかし、孤独はストレスを増大するので、セルフコントロールが働くのか、脳内での独り言が増えて、放っておくと、たぶん、壊れていたんじゃないかと思う。Twitter発案者のジャックドーシーは、たぶん、これを呟きと捉え、誰でも参加できるパブリックな媒体として、コミュニケーションの場を無料提供した。当初、誹謗中傷も多かったが、個々人の呟きが、今では、国家運営に影響を与える程の媒体となった。例えれば、新聞などに掲載される「読者の声」欄がトップ面になるようなものだ。そして、2008年に始めた僕の呟きは、政治と検察批判に終始した。なぜかというと、東京地検特捜部による小沢一郎民主党代表への理不尽な捜査が活発化したからで、これは、国策(特定の者らによる陰謀)だと思ったからだ。「陰謀」なんて言うと、なぜか「論」がくっ付いて、笑い者にされるけど、一般大衆の社会にだって陰謀は多くある。例えば、会社の上司に直ちに伝えるべき情報を、わざと後日にして、職務上のダメージを与えるなど、総じて、妬み・蔑み・嫉妬の解消として、その対象者に気づかれないよう工夫し陥れるといったことだ。これを、社会的影響(被害)甚大な政局に用いられると、国民としては、黙って様子見なんかしている場合じゃない。ということで、庶民の僕が、この問題を多くの人々に伝えるには、Twitterの日本語140文字の区切りは最適だった。なお、この頃までは、自宅リビングにテレビがあり、新聞も購読していた。当時は、SNSで先行するFacebookがあったが、スマホの住所録を勝手に読み取るという怪しさもあり、即、退会した。当時、Twitterの影響力は無いに等しかったが、先進的なマスコミ業界には重宝されていたようだった。とにかく、検察や司法の理不尽捜査は異常を極めていて、小沢一郎内閣誕生阻止に焦点を絞り、その目的は達成されてしまった。これに関しては、様々な本があるので、参照願いたい。さて、あの異常事態から12年程が経ち、今、政界に起こっていることを思うに、SNS(狭義としてはTwitter)の威力は絶大だ。様々な催物の舞台監督を務める僕は、感謝の手紙を頂くことも多いが、1992年頃のこと、ある学校教師から「言う気は勇気」なんてお褒めを頂いた。この言葉はこの先「継続は力なり」って文言並みに人々の共感を受けるだろうと思った。あれから30年ほど経ったが、SNSという仕組みを使い、何百万人という人々が「言う気は勇気」を実践している。

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